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公開 ・ 2024.10.11 ・ ネタバレを含む
2024.10.10 (Thu)
『君が手にするはずだった黄金について』で初めて小川哲の本を読んだ。哲学、文学に通じている作者が書く小説は発見に満ちていて、知的好奇心が満たされた。その後、『嘘と正典』『君のクイズ』などを読んで私はすっかりこの作者の虜になっていた。 さて、『地図と拳』は2022年くらいの直木賞受賞作である。600ページを超える本書になかなか手を出す気が起きず、長らく本棚に眠っていた。しかし、一度読み始めるともう止まらない。隙間時間を見つけては、本書を読んでいた。 満洲の50年に及ぶ歴史と架空の都市で繰り広げられる謀略を描いた物語である。膨大なリサーチに裏付けられた骨太本という評が適切だろう。その参考文献は8ページにも及ぶ。物語として優れていることに加え、知的好奇心も満たされる。例えばオケアノス、アトラスや満洲の歴史も詳細に語られる。 細川や須野明男など、魅力的なキャラクターが多い。初登場時、しがない通訳でしかなかった細川がまさかあれほどまでにいいキャラになるとは思いもしなかった。物語の核となるのは地図と拳、建築と、戦争の一種の超越性である。 「国家とはすなわち地図である」 千里眼、が作中でよく出てくる。未来を見通す目。未来を見通すためには過去を詳細に見つめれば良い。細川が戦争構造学研究所を建てたように、孫悟空が李家鎮の過去から未来を見たように。第二次世界大戦の敗因は、日露戦争の時点でもう出来上がっていたのだ。日露戦争で日本が得たものは満州のみ。十万もの英霊のために、日本は満州を捨てることができなかった。たとえ、それが泥舟であったとしても。 そして、現状認識こそが一番難しい。作中で、それができているのは細川と赤石、そして明男くらいだった。明男は時間感覚、気温、湿度の感覚に優れ、明確に客観視できる存在として描かれている。その反対として描かれるのが安井である。安井は戦争に翻弄されるばかりで、玉音放送すら信じることができず、最後まで日本の勝利を疑わない。我々の大半が安井のようなものばかりである。現状を認識することは何事においても重要である。 高木の小刀に関しても最後に回収されたし、須野明男のネーミングがすごい。アケオノス。ホメロスが万物の始まりとした神。アーキテクチャの語源はアルキテクトンというギリシア語である。アルケーとは「始まり」を意味し、テクトンは「技術者」という意味。建築家とは、始まりの技術者なのだ。街を作るには建築家がいる。戦後の復興には欠かせない。そうして作った建築が徐々に徐々に地図となっていくのだろう。「建築は、時間である」と明男は語る。過去を確かに存在づけるもの。過去を見れば未来がわかる。建築物は過去だ。建築物の集積が地図となり、地図はつまり過去の集積である。地図を見れば、未来がわかるのだ。 まあ、とにかく面白かった。さすが小川哲、さすが直木賞受賞作である。